Embercombe-大自然とヒップスターたち?

%e5%86%99%e7%9c%9f-2016-11-06-8-51-30大学時代の友人で昔からユニークな行動を取ることで有名な「HIKARI」。彼女が3カ月間の日程でボランティアしている英国南西部エクセターの山奥の環境・サステナビリティ系団体、Embercombeに週末を利用して3泊4日(結果的に)滞在した。

 

と言っても、私はボランティアらしいボランティアをしてはおらず、一番近い言葉を選ぶなら「手伝い込み野外体験」。作業の手伝いは1日(主に芋洗いとゲルの清掃・ベッドメーキング)のみで、食事はきっちり日曜の朝食のポリッジまで平らげたので、ギブよりテイクの方が多かったかも(せめて最後に無農薬栽培のネギを購入すべきだった。3時間ネギ背負って電車移動するのはちょっと遠慮してしまったけど)。

 

仕事終了後に電車に飛び乗り、到着直後に満点の星空に魅了され、暗闇の中で1つ光る白色のゲル(カバーが白くて中の光が漏れていた)に笑い、HIKARIの火おこし技術を眺め、想像以上に暖かいゲルと想定外の羽毛布団に包まれて眠る…。思いのほか居心地がよく、他のボランティアやスタッフも総じて親しみやすかった。

 

この体験をうまく表現するなら何だろう?特に感じたことを挙げるとするならば…。

 

◆英国人らしからぬ英国人

英国人はどことなく日本人に似ていると感じてきた。互いに島国で、大陸側との歴史は複雑、天気・気候の話をよくする、お茶好き、すみません(sorry)をよく言う、本音と建て前の概念も婉曲的表現や皮肉なんかに見受けられる、謙遜を美徳とするけれどプライド高い、などなど。特にロンドンにいると“ザ・イギリス人”と知り合い、友達になるのは難しい。以前に米国人移民が地下鉄での会話のきっかけにと「チューブ・トーク」というバッジを作ったが、ほとんど受け取る人がいないどころか、ネット上では大ヒンシュク。このアイデアを聞いた2割が賛成、8割が大反対という結果となり、反対派のバッジが生まれる始末にまでなった。これほどにまで、見知らぬ人や他者に安易に心を開かないのも両国人が似ていると思う所以だが、Embercombeのスタッフにはこの傾向がほとんど見られなかった。みんな気軽に会話してくれたし、ざっくばらんな質問にも答えてくれた(職業病で質問ばかりしていた)。朝のミーティングの一環だが、今の気分や気持ちを全員の前で話すスタッフたちに一種の感心と驚きを感じた(疲れていると言う人が案外いたけど)。ある意味、英国人らしくない。多分、一般的な英国人らしくないからここにいるのかもしれない。個人的には面白い話がたくさん聞けて満足だったけど。

 

◆日本の当たり前と欧米の違和感

Embercombeが広大な自然の中で築き上げた環境は、サステナビリティや簡素な暮らしを追求するためにオーガニック製品のみをそろえ、無農薬栽培の野菜を中心に食生活し、時々鶏や卵を食べ、廃棄物を減らそうと残り物をアレンジし、台所やシャワーでは節水し、ゲルやキャラバンを住居とし、マッチと薪、暖炉で暖を取り、コンポストトイレも用意する…といったもの。これらは日本人からするとあまり新鮮な概念ではない。オーガニックはともかく、もったいないから残さず食べる、廃棄物を減らす、節約する、簡素さはわびさびに垣間見えるし、汲み取り式トイレも存在したし、我が家にはコンポストも昔あった(生ごみ入れるやつ)。しかし、欧米からするとたぶん大きな変化である。私は昔、米国のカフェテリアや家庭科の授業で米国人がどれだけ食を無駄にするか、軽視するかを見たことがある。校舎の清掃なんてあり得ないし、それら奉仕活動を通じて得られる「日常の小さな物事に対する感謝」なんてものはなかった。「人を育てる環境」というのがこの団体の目指すところの1つらしいが、英国人は当地での経験を通じてどう育つのだろう?どう変化するのだろうか?

 

◆押しつけのなさ

担当の肉体労働はともかく、それ以外は「押しつけ」が全くなかった。気持ちを話す場でも、話さない人はいたし、文化的アクティビティーはあるが参加は自由とのこと。週末はフリーで、車を持つ人は外食やドライブもしたし、HIKARIとは羊のローストもシェアした。フリーランスの仕事のために数週間空けるボランティアもいた。特定のイデオロギーを持っているのにそれを押し付けないのは、組織の目的達成には障害になるだろうが、参加者の自主性を尊重できる。はだしのまま歩くのも、沼で泳ぐのも、夜空をひたすら眺めるのも、自由(ちなみに私が行ったのは夜空をひたすら眺める、のみ)。他人を気にすることも行動を制限することもなく、「自分の時間を持つ」ことがとても容易だった。選択は全て、自らを満たすためのものだった。

 

◆「ヒップスター」たち?

HIKARIはヒップスターのようだと、私は最初に表現した。私の認識する意味合いでは、「世俗的な考えや普通さを越えて、流行や信条などを元に個性的に行動する人」かな。ただ、元となるヒッピーの概念はとても複雑で、個人それぞれに同じ表現は当てはまらない。バズワード(Buzzword)のようなもので、みんなが簡単に使う一方、すべての人が共通の概念を理解・共有しているわけではない。彼にとってのヒッピーは彼女にとってのヒッピーではないし、これは「フェミニスト」という単語についても言える気がする。特定の人が特定の含蓄や意味合いを込めてカテゴリー化するためのディスコース(Discourse、論説)に近い。HIKARIはEmbercombeで生活してヒッピーになったのだろうか?私は最終的に違うと感じたが、誰か別の人はそうだと答えるかもしれない。

スタッフたちは親しみやすかった一方、常に同じ人、同じ環境と接していることによるフラストレーション的なものも一部で垣間見えた。これについては、大都市の中心でも、ある程度の文明から距離を置く山の中でも同じことなのだろう。長く居すぎると「心地よい楽園」が「終わりのない迷路」みたいになるのだろうか。

 

もちろん数日の滞在では深い部分まで観察できないし、私は月曜からまた会社員生活を続けている。満点の星空を毎日眺められる環境(実家)を本拠に、収入を確保しながら生活基盤を確立できたらなとの思いは強まったけど。

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